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| 長崎のお祭りを観光!! |
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長崎のお祭りを観光 |
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☆長崎のお祭り☆長崎は様々な文化が入ってきたおかげで、一年中お祭りが絶えません。 春にはハタ揚げ、初夏にはペーロン大会、夏には中国盆に精霊流し。 秋には長崎県各地で、くんちが行われ、 冬には幻想的なランタンフェスティバルがあります。 このように、一年中祭りが行われている、長崎です。 ここでは、お祭りの由来を主に紹介します。 |
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| ☆長崎くんち☆ 日本3大祭りの一つである長崎くんちは 6月1日に『小屋入り』と呼ばれるものから始まります。 その年の当番町の方々が本番までの厳しい稽古を 始める誓いの儀式のようなものです。 そして、10月の3日に本舞台に使用される衣装や楽器、 祝いの品物をいっぱいに陳列し表通りの方から 見通すようにして、キリシタンではないことを証明する 『庭見せ』を行います。 長崎くんちの開始当時には、実は77もの町があり、 それをいくつかの班に分けて、 順番に踊りを奉納していました。 実は、準備やそれにかかる費用など物凄く かかっていたので、順番で奉納していかないと 大変なようです。 ちなみに、7年に1回で一巡となっています。 長崎くんちの舞台となる諏訪神社は 通称 『お諏訪さん』と親しまれます。 じつは、諏訪神社はキリシタンに焼き討ちされるという、 悲しい過去もあります。 奉納当日、本舞台となる境内の奉納踊りが披露されます。 桟敷席は有料ですが、特別席の長坂と呼ばれる 70余段の石段では、江戸時代の昔から 無料というのがしきたりとなっています。 その為、特別席をとるために、前日は徹夜組で 大変な賑いをみせています。 そして奉納初日の午後、長い石段を駆け下りて 大波止に下り、翌9日午後神輿は本舞台のある 石段を駆け上がっておくんちは終了です。 長崎くんち開催中には、街中に露店が並び、 あちこちで踊りが披露され、 長崎っ子にはたまらないお祭りです。 |
![]() 長崎くんち |
| ☆精霊流し(しょうろうながし)☆ 精霊流しとは、亡くなった人の御霊を手作りした船に乗せ、御霊の故郷に送る行事の事を言います。 昔、中国の方が、日本で亡くなった人たちの御霊を故郷に帰してあげようと、始まったとも言われています。 いっぱいの提灯や飾りをつけた、さまざまな精霊船が爆竹を鳴らしながら 掛け声と共に町を練り歩き、最後に海に流し御霊の故郷に帰ります。 長崎ではお盆のとき墓地に盆灯篭を灯します。 お盆の期間中、町を囲む山々は美しいイルミネーションで飾られたようになります。 ですから、お盆に稲佐山に登るといつもよりきれいな景色がみれますよ。 |
| ☆ペーロン☆ 春が終わるころ、長崎の様々な地区で太鼓の音が聞こえはじめます。ペーロンの囃子(はやし)の音です。 ペーロンの由来はいつくもの説がありますが、その内のひとつに、 ペーロンは中国の戦国時代、汨羅(ぺきら)の淵に身を投げた屈原(人物名)を助けようとして、 里人が、船を出した事に始まると言われているものがあります。 江戸時代ごろにはすでに民の楽しみであったペーロン。 町村での対抗で競漕を行なうようになり、喧嘩や揉め事が絶えなかったようです。 毎年、役所(奉行所?)では長崎港内・港外に問わず競漕禁止との御触れをだし厳命としていましたが、 その効果のほどは・・・悲しいほどに効かなかったようです。 ですから、5月になるとペーロンの練習や本番?が当たり前のように開催されていました。 ペーロン船は、約14mの木船に約30人が乗り込み、どらや太鼓の調子に合わせて競漕します。 5月5日を祝う競漕として中国南部(華南)で盛んになり、江戸時代初期ごろ 唐船で長崎に来航した中国人の方が始めました。 最近では伝統文化として学校行事に取り入れているところも多数あり、 中学校のペーロン大会も盛んになっております。私も某中学校にてペーロン大会に参加しましたが、 本番はもとより練習はそれ以上にきつかったのを今でも覚えています。 現在、長崎県では7月の日曜日に松ヶ枝埠頭で開催され、多くの人々で賑います。 そして長崎の夏のお祭りとしてだけでなく、周辺でも広く行なわれるようになり、 いまでは、中国と国際試合を行なうまでになっています。 |
| ☆中国盆☆ 中国盆は、長崎ならではの行事で、旧暦の7月26日からの3日間、崇福寺で行われます。 華僑の人たちは、8月には中国盆とは別に日本式のお盆の供養をするそうです。 この期間中に崇福寺に行くと、閻魔(えんま)大王が出迎えてくれます。 国宝の本堂に向かって左手にあるのが「三十六軒堂」。 これは、霊魂たちが買い物をする『商店街』だそうです。 建物の奥の方を見ると、金色や銀色のものが数多く並びます。霊魂が使うお金や衣類の意味で、 金山、銀山、衣山(いざん)、銭山(せんざん)と呼ばれています。 最終日の朝には、十錦菜(せっきんさい)と呼ばれる精進料理が供えられ、 夕方になると、豚の頭や鶏などで作られた人形などの生臭料理に取り替えられ、施餓鬼供養の法事が行われます。 そして、夜になると、紙製の「中国かばん」の中に、紙で作ったいろいろの物が入れられ、 冥土の土産として燃やされます。 そしてカネ・太鼓の急調子な囃子を奏でているなか、金山、銀山なども燃やされ、 高く上がる炎と共に中国盆が終わります。 |
![]() ランタンフェスティバル |
☆長崎ランタンフェスティバル☆ 長崎在住の華僑の人々が、もともと『春節祭』という 中国の旧正月を祝うため始められたもので、 長崎新地中華街を中心に行なわれていましたが、 平成6年から長崎全体のお祭りとして、 冬を彩る風物詩となりました。 期間中は、長崎新地中華街はもとより、 浜市・観光通りアーケードなどの市内中心部に、 約1万〜1万5千個にも及ぶランタン(中国提灯)が飾られ、 各会場には、様々な大型オブジェが所狭しと飾られます。 メインオブジェは毎年、干支の犬をモチーフにした 「旺旺・狗来富(ワンワン・ゴーライフー)」です。 高さは約8メートルもあります。 また、多彩なイベントも繰り広げられ、 なかでも中国伝統芸能として継承されている『龍踊り』や 本場中国の『中国雑技』などが毎日披露されます。 それに加え、『皇帝パレード』(今では150人ものパレード) や、『媽祖(まそ)行列』 (媽祖神を乗せたみこしを中心に約100人々が 爆竹や中国楽器を鳴り響かせる)など、 それぞれが祭りの雰囲気をいっそう盛り上げ、 多くの市民や観光客を楽しませてくれます。 |
| ☆ハタ揚げ☆ 長崎市内の稲佐山や唐八景、風頭山などで、揚げられるハタ揚げ。 このハタ揚げが、昔から長崎市民の間で楽しまれてきました。 ハタ揚げは、出島で働いていたインドネシア人によって伝えられたと言われています。 ハタ同士が相手の糸を切り会うハタ合戦。 昔、長崎では、ハタ揚げに熱中するあまり、騒動が多くけが人まで出ていたことから、 『ハタ揚げ禁止令』も出ていたということです。 |
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